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怒り、苦しみ、破壊し、創造する!世界プロレス式コミュニケーションガイド研究所所長の体験談ブログ(140) 自分の問題と向き合うための10の闘い(30) 働かざるもの食うべからず⑩

私が最初に失職した1990年代後半は、ハローワークでの説明会でもはっきりと「ここに来るものは、職場で我慢もできない社会不適合者である」かのような扱いを受けていました。

今のように失業することが当たり前ではない時代です。当然再就職などできて当たり前と呼ばれていました。しかし、今では表向きなくなった「年齢制限」が、この当時は堂々と存在しておりました。

ちなみに当時ボーダーラインとされていた年齢は30歳でした。私は29歳でまもなく30になろうかという時分でしたから、当然焦るわけです。しかし、こちらの焦りをよそになかなか再就職先はみつかりません。

昭和から平成に時代が移り、働き手が会社を選び放題だった就職戦線は、会社側に買い叩かれる時代に変わっていました。

その上、再就職の支援をするはずのハローワークは、失業者に自己責任論を押し付けるだけで、何もしてはくれませんでした。

せめて相談くらいには乗って欲しかったのですが、残念ながらハローワークの対応は、表向きは丁寧になりながらも、中身は来訪者を低くみていたように、私には感じられました。

その上、働かざるもの、人にあらずみたいなことを言われては、さすがに他所で自分が必要とされているような感覚は持ちようがなかったですね。

ましてや、最初に無職になった時は自動車普通運転免許証以外はこれといった資格もなく、ますます自分はダメな人間だと自分自身を追い込んでいきました。その結果がバイトから人生をやり直すという、最低ラインからの再スタートに繋がっていったのです。

今思うと、ブラックな職場って、そうして自信を喪失した人間をいいように利用して労働力にし、「お前の行き場はここ以外にはない」と思い込ませて、体のいい奴隷としてこき使う気満々だったのでしょう。

この時私が「ただそこに存在するでかで価値があるのだ」と自分のことを思えていたなら、たぶんカウンセリングには出会わなかったでしょうから、結果的にはよかったともいえるのです。

しかし、それでも自己肯定感をしっかり自分のものにするためには、結構時間がかかりましたからね。本当自分の安売りするくらいなら、自分に価値があることに早く気づいて、自分で自分を肯定し、認めることの方がよほど有意義でしょうね。

そのためなら「働かない自分」にも価値があるのだということを、自分自身に認識しておく必要はあるでしょう。で、今の私はそれがある程度できているから堂々と「働かない」宣言をしていられるのです。











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