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怒り、苦しみ、破壊し、創造する!世界プロレス式コミュニケーションガイド研究所所長の体験談ブログ(106) くたばれ!心理カウンセラー2(6)

今回はカウンセラーと宗教の話をします。カウンセラーが無神論者である必要はどこにもありません。しかしカウンセリングと宗教は政治以上に分離すべきと私は考えます。なぜなら、同じ心を扱う分野だからです。私の知るカウンセラーで、実際にキリスト教信者の方がいますが、基本的にカウンセリングと神様の教えは分離しています。

しかし、残念ながら私の知る別なカウンセラーは、自身が入信している宗教の勧誘にカウンセリングを利用していて、これは個人的には看過し難いと私は思っています。正直誰が何を信じようと私はどうでもいいのですが、カウンセリングを宗教のダシにされるのは、正直気持ちのいいものではありませんね。私は彼らをカウンセラー信者と呼んでいますが、結局彼らのゴールはクライエントの自立ではなく、一緒になって同じ信仰対象に祈りをささげることにあるのですから、問題に立ち向かい自らの力で立ち上がっていく人間の能力を値引きしているようにも私には見えて仕方ありません。

くどいようですが、誰が何を信じようと私は全く興味はありません。しかし、誰かを変える行為はカウンセリングではご法度です。自分が主体的に変わらなければ意味がないからです。主体的に変わるために使われるカウンセリングを、入信の道具に使うなど言語道断です。

私も実はカウンセラー信者からしつこく勧誘された経験があります。しかし、私は主体的に変わることのできる自分を信じていたので、半日に及ぶ勧誘も振り切ることができました。私は他人を変えるのもきらいですが、他人に自分を変えられるのはもっときらいなんです。そんな私に宗教の勧誘をしてくるというのは、戦線布告に等しい行為であるわけです。到底受け入れられるわけがありません。対宗教に関しては別な機会にぶったぎるつもりですが、この一件で私を変えようとする意図は全て敵視する自分の信念はより強固なものになってしまったのでした。

確かに同じ心を扱う分、よほどしっかりしていないと、カウンセリングと宗教がごっちゃになることは十分予想できることです。政治と宗教は分離すべきという考え方がありますが、実態はずぶずぶですからね。それを思うと似ている分たちが悪いともいえるのです。とはいえ、信仰は個人の自由です。神様、仏様を拠り所にして生きていくことに私は異論をはさむ気は毛頭ありません。ですので、人が何を信じようと私は関知しません。

しかし、私が宗教家と同じ価値観を共有することは今のところありえません。それでもよろしければ戦線布告でもなんでもして来てください。売られたケンカは買いますからね。










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