[アニメ感想] 2018年春アニメ完走分感想文 シュタインズゲート・ゼロ
2018/10/01
2010年11月 β世界線---主人公・岡部倫太郎が数々の苦難、悲哀を乗り越えた果てに「彼女」を救うことをあきらめてしまった世界線。失意の底にある岡部倫太郎。彼を心配する仲間たち。救われなかった「彼女」はどうなったのか?新たなキャラクターを迎えて描かれる「ゼロ」の物語。(あらすじはAmazonプライムビデオより)
「ゼロ」は蛇足でしかない
冒頭から厳しいことを書くけれど、正直半年付き合うに値しない作品だった。いわゆる最終回が「改変」される前の「無印」シュタインズゲートは文句なしの名作であるだけに、残念で仕方ない。
そもそも、シュタインズゲートゼロは、救えなかった世界線を作るために、わざわざテレビ版一期の最終回を改ざんしてしまった曰く付きの作品。無印板がキレイにオチていたので、ゲームをやらない私にとって「ゼロ」は蛇足でしかない、というのが正直な思いとしてある。
しかしながら同時に「どうせ続編ができるなら続きがみたい」とも思っていて、見事に乗せられてしまったというのは悔しいけれど認めざるを得ない。
そのゲームとして先行発表されたゼロがアニメ化されたのが、本作。待望してはいないんだが、気になるから観るというのは、負けた気がするんでなんとも言い難い複雑な感情が湧くものだなと思う。
わからないところはゲームを
で、半年間追いかけてきたわけだが、そもそも救えなかった世界線は無理やり作り出されたもの。しかもゲームやってないとわからないであろう箇所がたくさんありすぎる。
「わからないところはゲームをやってね」という露骨な宣伝臭があちこちにあって、私にとっては、シュタゲゼロは度々興ざめしてきた作品になってしまった。
そして、とどめが最終回エンドがよくわからないまま、ゲーム「シュタインズゲートエリート」のCMに行ってしまうくだり。あれでは余韻もくそもない。
シュタインズゲートゼロはゲームをやっているユーザーにのみ向けられて作ったアニメであり、ゲームをやらない層は終始置き去り感が強かった作品だった。
最初に蛇足と書いたけど、ある程度物語がハッピーエンドで終わるためなら、無印版(改変前)の23話に辿り着かなければ、誰も救われない。そういう意味でいうなら、かなり遠回りして元に戻した作品ということになる。
迷走感も半端なかった
オチがあらかじめわかっていても、そこへどう持っていくかが腕の見せ所だったはずなんだが、瑣末な描写で尺とったり、伏線回収を放り投げたり、どうも迷走感も半端なかった感じがする。
結局、ゲームをやってくださいね、という壮大なCMを半年に渡ってみせられ続けたという結論で間違いなさそうだ。救いは、元々最初から期待値をあげずに見ていた点で、BS放送時の「改変」みたいな残念な思いをせずに済んだということくらいか。
それにしたって結局大人の事情にすぎないわけで、いくらオカリンたちが心身を削って過去にとんでも無印以上のハッピーエンドはあるはずもない。つまり、視聴者はあるはずもないシュタインズゲートに翻弄されただけだったのかもしれない。
今振り返るに私も心のどこかでまだシュタインズゲートに期待していたのかもしれないが、これではっきりした。私のような人間が、シュタゲを楽しみたければ無印版だけ見ていればいいのだ。ゼロや今後作られる予定の24話(未放送)も全ては蛇足でしかないのだから。