[プロレス読書感想文] プロレススーパースター本列伝・Missing Person

プロレススーパースター本列伝・Missing Person

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橋本真也へのインタビュー

今はなき破壊王・橋本真也に長時間にわたるインタビューを刊行し、まとめられた本。

インタビュアーは週刊プレイボーイでプロレス・格闘技関連の記事を担当したフリーライターの佐々木徹氏。

対小川直也

橋本真也の歴史の中で、小川直也との抗争はきってもきれないものがある。

特に2000年(平成12年)4月7日東京ドームで行われた5戦目は、「負けたら引退」を公約し試合に臨んだ。

大敗→引退撤回

小川の必殺技であるSTO封じを習得し、ダウン中の小川にジャンピングエルボーを仕掛けた際には小川の腕を脱臼させるなど勝利に近づいたものの、その後の関節技で小川の脱臼が偶然にも嵌ってしまい、両腕が自由になった小川のSTO連発を受けて大敗を喫してしまう。

その後公約どおり新日本に辞表を提出したのだが、2000年8月23日、橋本は熱心なファンの折り鶴兄弟から送られた復帰を願う百万羽の折り鶴をきっかけに引退撤回を表明する。

空白の185日

「Missing Person」は、小川戦の敗北から、復帰までの「空白の185日」を中心にZERO-ONE旗揚げまでを、インタビュアーの佐々木氏が、時には橋本本人に食い下がるように聞き出している。

橋本真也は、2000年10月9日東京ドームで藤波と復帰戦を行い、その直後に新日本内に別組織「新日本プロレスリングZERO」を作ろうとしたが、長州力らの反対にあった。その結果橋本は11月13日付で新日本を解雇をされたため、直後にZERO-ONEを設立し完全独立している。

破壊の先の創造

2001年(平成13年)3月2日、橋本は両国国技館にて「破壊なくして創造はなし、悪しき古きが滅せねば誕生もなし、時代を開く勇者たれ!」との理念を掲げ、旗揚げの挨拶をしている。

「Missing Person」で橋本が独白している、「空白の185日」簡単に言うと破壊の先にある「創造」を生み出すための時間だったのではないか?

OH砲結成へ

久しぶりに「Missing Person」を開いて読んでみて私そそんな感想をもった。

図らずもゼロワン20周年に際し、小川直也がインタビューにこたえ、OH砲結成に至る過程を語っている。

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橋本自身が掴んだ創造

もともと橋本が新日を退団するきっかけの一つが「小川とタッグを組む」ことで、「Missing Person」でインタビューを受けている当時、まだ対小川直也に対するこだわりがあることを伺わせている。

しかし、空白の185日を通して生まれた「創造」という概念は自らが破壊され、再生する過程で橋本自身がつかんだものだった。

自分で選んだからこそ

だからこそ、破壊した張本人である小川とも(確執があったにしても)組んでいく道を選べだのだろう。

これが第三者のいいなりではなく、自分が考えて自分が選んだ答えだったところが重要だったのだ。

そこはいかに破壊されようと引退に追い込まれようと、橋本真也の芯の部分であり、それはZERO-ONEになってからも一切変わることはなかったのだと私は思っている。

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