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[プロレス] 私的プロレススーパースター烈伝#82 レス・ソントン 

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私的プロレススーパースター烈伝#82 レス・ソントン

スネーク・ピット出身

今回は1980年代前半に、NWA世界ジュニアヘビー級王者として活躍したレス・ソントン選手のお話です。

英国海軍を除隊後、スネーク・ピットの異名で知られるビリー・ライレー・ジムに入門して、1957年にデビューします。

イギリスを中心にヨーロッパ各地をサーキットしました。

1970年11月に国際プロレスに初来日した際、同時期に日本プロレスに来日していたジン・キニスキー選手の紹介でカナダのバンクーバー地区に進出し、以降はカナダを主戦場にします。

NWA世界ジュニア王者

1970年代半ばからはアメリカ合衆国のNWA圏にも進出し、1980年3月、1980年3月、レロイ・マクガークがプロモートするオクラホマ地区にてNWA世界ジュニアヘビー級王座を獲得します。

当時、NWAの有力プロモーターだったマクガークは同王座の運営権を占有するなどしていました。

NWAの反主流派は、前王者の引退に伴い、1979年12月10日、スティーブ・カーン選手を新王者に認定します。

2つのNWAジュニア王座

これに異を唱えたマクガークが新王者をたてたため、一時期は2つのNWA世界ジュニアヘビー級王座が混在するなどの事態を招きました。

最終的にはマクガーク版のタイトルの正当性が認められ、反主流派が新設したタイトルは「NWAインターナショナル・ジュニアヘビー級王座」と改称され、日本に定着します。

ソントン選手は世界ジュニア王者としての防衛サーキットを開始します。

1980年7月20日にはインターナショナル版の王者だったスティーブ・カーン選手の挑戦を受けています。

NWA対WWF

ソントン選手は全日を経て、新日本プロレスに登場し、当時WWFジュニアヘビー級王者だった藤波辰巳選手との「NWA対WWF」のチャンピオン対決が注目され、東京と大阪で藤波さんの王座に連続挑戦しています。

1982年4月、再び新日本に参戦し、初代タイガーマスクに敗れて、王座から陥落し、以降、NWA世界ジュニア王座は新日本プロレスに定着します。新日本には同年10月にも参戦しており、これが最後の来日となっています。

WWF時代

1983年、WWFではヒールのポジションで1987年まで出場します。若手時代のミック・フォーリー(当時ジャック・フォーリー)と組んでブリティッシュ・ブルドッグスのWWF世界タッグ王座に挑戦したこともあります。

1991年の引退後は居住地のカルガリーにおいて、ジムを運営して若手選手の指導・育成に携わっていましたが、2019年2月1日、84歳でお亡くなりになられました。






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