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[プロレス] 私的プロレススーパースター烈伝㊾Xパック

ライトニングキッド時代

今回はクリックのメンバーであり、nWo、D-ジェネレーション・Xなどの中心人物だったXパック選手のお話です。

Xパック選手は、マレンコ道場でトレーニングを受け、1990年にライトニング・キッドというリングネームでデビューします。

様々なインディー団体を転戦し、ユニバーサル・プロレスリングに初来日します。メキシコのルチャリブレを主体とした同団体の中で、場外の相手へトップロープ上からダイビング・ニールキックを放つなどの独自性の高いスタイルで話題を呼びました。

シックスからXパックへ

1993年にWWFに入団、レイザー・ラモンから3カウントを奪って勝利したのを機に1-2-3キッドに改名し、一躍スターの仲間入りをします。

1996年にはWCWに移籍。nWoに加入しリングネームをシックスに改めます。シックスというリングネームはnWo6人目のメンバーであることに由来する説、前リングネームの1-2-3を足した、あるいは掛けた数に由来する説があります。

WCWでは軽量級戦線で活動するが負傷で欠場し、やがて解雇されてしまいます。が、1998年にWWFに復帰。リングネームをXパックとし、第2次DXに加入。1999年には実質的にリーダーとなります。

クリックの一員として

その後負傷欠場に入りユニットは消滅。2002年にWWFで再結成されたnWoの新メンバーとして復帰しましたが、同年に解雇されました。

冒頭で書いたクリックというのは、1990年代半ばのWWFのバックステージでのプロレスラーたちのグループの名称で、ブッキング上で大きな力を持ち、グループ以外の人間に公正ではなかったと一部では言われています。

結成から20年近く経過していますが、現在も彼らの親友の関係は続いており、Xパック選手は、はWWEタレント総括に就任したHHHの命を受けて各地のインディー団体に転戦しながら人材の発掘・推薦を行なっているそうです。

 

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