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[プロレス] 私的プロレススーパースター烈伝㊺ロード・ウォリアーズ

最後の「まだ見ぬ強豪」

今回は昭和末期のまだ見ぬ強豪だった「ロード・ウォリアーズ」のご紹介です。ウォリアーズは、1983年にタッグを結成します。

最初は暴走族風のサングラスという出立ちでしたが、モヒカンにペイントという奇抜なビジュアルが奏功し、多くの模倣レスラーを生み出しました。

入場時は巨大な棘の付いたアメリカンフットボールのプロテクターをコスチュームに、サードロープの下から滑り込むようにリングインし、コールも受けずにそのまま暴れ回る試合がほとんどでした。

新しいスタイル

しかし、ファイトスタイル自体はあまり凶器攻撃などは行わない正統なもので、ヒールのポジションにありながら、次第にファンの支持を獲得していきます。

ロード・ウォリアーズは、今までにないヒールとベビーフェイスを融合させた、新しいスタイルの確立に成功したのです。

試合は常に秒殺勝利であり、彼らの試合時間は秒単位で実況されていました。そのインパクトと存在感から圧倒的な人気を獲得するようになっていきました。

類似キャラが多数

当初NWA圏で活躍していたウォリアーズを、WWFが引き抜きにかかりますが、うまくいかず、代わりにデモリッションという類似チームを生み出しました。

結局、ウォリアーズがWWFにくるのは、だいぶ後になってからになりますが、この当時、すでにWWFではアルティメット・ウォリアーがビッグネームになっていたため、ウォリアーズは別名義として、デビュー当時に所属していた「リージョン・オブ・ドゥーム」というチーム名を使用します。

テーマ曲について

リージョン・オブ・ドゥームには、オリジナルの入場テーマが与えられてましたが、アメリカ以外の場所では、従来通り、ブラックサバスの「アイアンマン」が使用されていました。

プロレス界における革命的チームだったロード・ウォリアーズも、2003年にホークが、2020年にはアニマルがこの世をさり、ついにその歴史は過去のものになりました。しかし、あの圧倒的なインパクトは未だに多くのファンの記憶に残っているのです。

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