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[プロレス] 私的プロレススーパースター烈伝㊲ショーン・マイケルズ

2020/09/30

ロッカーズからHBKへ

今回は1988年から約20年以上、WWEに在籍した。プロレスラーとして卓越した技術と圧倒的なカリスマ性、派手なパフォーマンスなどで絶大な人気を誇り、ベビーフェイスとヒール、シングルとタッグの両方で活躍したショーンマイケルズ(ハートブレイクキッド=HBK)選手のお話です。

HBKは1984年10月16日に地元サンアントニオ地区でデビュー。1985年、NWAセントラル・ステーツ地区においてマーティ・ジャネッティとミッドナイト・ロッカーズを結成します。AWAを転戦したのち、WWF(WWE)に参戦。

ここでチーム名をザ・ロッカーズに改め、立体的な空中戦と合体攻撃を武器に、後のライバル "ヒットマン" ブレット・ハート率いるハート・ファウンデーション(ブレット&ジム・ナイドハート)などのチームと抗争を繰り広げ、女性や子供の観客を中心にアイドル的な人気を集めました。

シングルプレイヤーに転向後は、生意気な自惚れ男のギミック "ボーイ・トーイ" またの名を "ハート・ブレイク・キッド" となってヒールとして活躍。

マットレスリング技術の継承者

派手なパフォーマンスが注目され、HBKを初めて見る者にはキャラクター先行型と思われることもありますが、実際は身体能力と受身技術が非常に高く、リック・フレアーらの前世代のマットレスリング技術を継承している数少ない一人でもあります。

また、相手や状況によって様々なファイトスタイルを選ぶことができ、飛び技(特にラダー・マッチに関しては当代の第一人者の一人と言われています)やラフファイトからサブミッションまで、あらゆる局面に巧みに対応することができる稀有なレスラーです。

レッスルマニアなどの大舞台でも、極めて高いパフォーマンスを安定して残しており、リック・フレアーが彼を「Mr.レッスルマニア」と呼ぶのにも頷けるというものです。

キャリア末期は故障の蓄積や身体能力の衰えもあり、かつてのようなスピードや跳躍力をメインにした試合の組み立てはしなかったものの、レスリングテクニックと華やかなパフォーマンス、そしてここぞという時に見せる華麗かつ大胆な飛び技は健在で、彼に影響を受けている選手も多く、棚橋弘至やヤング・バックスなどが、コスチュームや技に彼へのリスペクトを反映しています。

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