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[プロレス] 私的プロレススーパースター烈伝⑲ボブ・バックランド

非常に純朴で愛すべき人物

今回はニューヨークの帝王として一世を風靡したボブ・バックランド選手のご紹介です。ボブ選手は1973年にNWAのトライステート地区でデビュー。翌1974年3月、テキサス州アマリロに転じ、ジャンボ鶴田やスタン・ハンセンと邂逅し、3人は同じ車で移動していました。

レスリングの技術は高く、腕自慢の素人を抑え込む役ができることでプロモーターから信頼されていました。また練習熱心なことでも定評があり、ダイナマイト・キッド選手は「ステロイドには一度も手を出さず、一生懸命トレーニングに励んでいた。ホテルの中でさえも、朝になるとボブが階段を上り下りしている姿が見受けられた」などと自著で記しています。

アマリロで一緒だったスタン・ハンセンさん曰く、非常に純朴で愛すべき人物とのこと。グリーンボーイ時代にローカルタイトルを奪取した際、「そのベルトを獲得した者は肌身離さず装備しなければならない」という先輩レスラーの冗談を真に受けて、ベルトを腰に巻いたままレストランで食事をしていたそうです。

その人柄については、WWFではヒールのマネージャーとして敵対関係にあったフレッド・ブラッシーさんも自著で触れており、「酒もドラッグもやらず、レスリングと家族を愛する、この業界にはもったいないくらいの素晴らしい男」などと評しています。

ニューヨークの若き帝王

ビンス・マクマホン・シニア・WWWF代表はアメリカ人全体の支持を集めるべくボブ・バックランドさんはプロデュースされました。1978年2月20日、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンにてスーパースター・ビリー・グラハムを破り、WWWFヘビー級王座を獲得。以降、翌年にWWWFが団体名をWWFに変更し、タイトルもWWFヘビー級王座と改称されてからも、ニューヨークの若き帝王として幾多のチャレンジャーを迎え撃ちました。

WWFと提携していた新日本プロレスには1978年5月に初参戦[以降もWWF王者として来日し、たびたび防衛戦を行っています。

長過ぎたショートアームシザース

当時、若き藤波さんが大物テクニシャンレスラーとの試合で時間が長いときは、まず「長過ぎたショートアームシザース」が出ていたかと思われます。このフレーズは当時実況をしていた古舘伊知郎さんがよく言っていた表現で、猪木戦のほか、バックランド戦でも使用されていました。

ショートアームシザースは、プロレスで古典的な関節技の一つで、キー・ロック 鍵穴固めとも いわれ、相手の腕を痛める関節技です。それと共に技をかけた方のレスラーが息の乱れを整える為の休憩?する技とも言えます 。

猪木さんも長過ぎたショートアームシザースをしてますから弟子の藤波さんも得意でした。特にボブバックランドさんに持ち上げえられるシーンは個人的によく覚えています。

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