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[プロレス] 私的プロレススーパースター烈伝⑮小島聡

ブル・パワーズからテンコジへ

今回は「剛腕」小島聡選手のご紹介です。小島選手は学生時代に格闘技のバックボーンを持たず、一度は一般企業に就職したものの、アニマル浜口ジムでトレーニングを積み、1991年2月に新日本プロレスに入門します。

91年7月、山本広吉(現:天山広吉)戦でデビューし、94年には、ヤングライオン杯で全勝優勝を飾り、海外遠征に出発。1996年に凱旋帰国すると、中西学さんとブル・パワーズを結成し、IWGPタッグ王座を獲得するなど活躍します。

怪我で長期欠場していた復帰後の1998年に武藤敬司さんに誘われ、nWo JAPANに加入、自身初のヒールに転向します。体格やファイトスタイルが重複していた天山選手とタッグを組む機会が増え、「テンコジ」として知られるようになってきます。

その後nWoが蝶野正洋さん率いるTEAM 2000に吸収されると、IWGPタッグ王座を当時の最高記録である6度の防衛を果たすなど名タッグとして活躍しました。

全日本へ移籍、そして・・・

しかし、武藤さんに追随する形で2002年1月31日に新日本プロレスを退団し、同年2月26日に全日本プロレスに入団します。2005年2月16日、東京・代々木競技場第二体育館で川田利明選手を破り悲願の第33代三冠ヘビー級王者に就きました。

これにより小島選手が平成デビューの選手で初めての三冠王者となり、この試合で川田選手が約16年間続けてきた平成デビューの日本人選手相手のシングル無敗記録も打ち破ったのです。

その4日後、新日本プロレスの天山選手が保持するIWGPヘビー級王座とのWタイトルマッチで勝利し、第41代IWGPヘビー級王者となり、全日本と新日本の至宝のタイトルを独占したのです。

2010年に古巣の新日本にUターンすると、小島軍を結成し、外敵として初のG1制覇を果たしますが、配下のタイチらに裏切られ、新日本正規軍へ戻る形になり、現在に至っています。

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