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[プロレスコラム] プロレス想い出回想録 さよなら博多スターレーン・歴史篇

2019/01/25

極私的スターレーンの想い出話

プロレス界では「西の聖地」として知られる博多スターレーンが2019年3月31日をもって閉館し、建物は取り壊しになるそうです。私もプロレス観戦歴の3分の1くらいは、博多スターレーンで観戦しているため、感慨もひとしおです。

2018年12月のDDTスターレーン大会では、耐震工事に入るとの話でしたが、いざ建物をチェックすると、予想外にお金も時間もかかるらしいことがわかり、熟慮の結果、閉館となるようです。

跡地がどうなるのかはわかりませんが、報道では更地になるらしいとも言われています。そこで、今回からしばらく極私的な博多スターレーンの想い出話をしていこうと思います。よかったらお付き合いください。

UWFは実をいうと・・・

博多スターレーンが第二次UWFブームの折に、一躍西の聖地として名をあげたころは、実をいうと私はまだスターレーンには行っていませんでした。当時、私は社会人としてはど新人で、要領を覚え、営業時間をやりくりしてプロレス観戦に出かけるようになるのは、UWFが解散した後の話になります。ですから、スターレーンに足しげく通い始めた当時、一番印象に残っているのは、今はなきユニバーサルプロレスなのです。

実は、第一次 UWFというのは、もともとユニバーサル・プロレスリングという名前で、団体を立ち上げた新間寿さんのルートで、当初はルチャドールも大挙来日していました。団体設立当初にグラン浜田選手が名を連ねていたのは、そのせいでもあります。

しかし、ザ・タイガー(スーパー・タイガー)こと佐山サトルさんが加入したあたりから、格闘プロレス派が発言権をもつようになると、従来のプロレススタイルで試合をするラッシャー木村さんたちは、UWFを離脱します。こうしてユニバーサルあらため第一次UWFは、格闘スタイルを追求していくわけですが集客で苦戦し、結果新日本プロレスにカムバックしていきます。

はじめこそ新日本とUWFのイデオロギー闘争はうまくいっていましたが、全日本プロレスの天龍革命に危機感を感じた前田日明選手が、長州力選手の顔面を蹴り上げ、新日本プロレスを解雇されてしまいます。

こうしてひとりぼっちになった前田さんでしたが、機は熟したとみて、再びUWFを旗揚げし、かつての仲間も合流し、一大ブームを巻き起こします。ですから、後に新間寿さんの実子・寿恒氏がたちあげたユニバーサルプロレスは、ルーツは同じだけど別物だったわけです。

ルチャの聖地へ・・・

第二次UWFなきあとに、格闘スタイルとは真逆の、明るく楽しい「自由への闘い=ルチャ・リブレ」によって、博多スターレーンは、Uの聖地から、ルチャの聖地と呼ばれるようになっていきました。その新しい盟主になったのが、先に名前が出たユニバーサルプロレスだったのです。ですから、私的には博多スターレーンというのは、UWFのイメージより、ルチャリブレのイメージが強いのです。

最初にユニバーサルプロレスを見た大会の映像、実は手元に残っています。九州では絶大な支持率を誇り、東京キー局が発信する番組が深い時間帯でないと放送されないくらい影響力をもつ「ドォーモ」。その番組内で、ルチャリブレの特集が組まれ、大会当日は、「ドォーモ」を製作しているKBC九州朝日放送のスタッフが、スターレーンに取材にきていました。

放送では、当時ユニバーサルのエースだったグラン浜田選手や、全日本女子プロレスから移籍したインフェルナルKAORU、更には若手のホープだったパニッシュ&クラッシュ(現・邪道&外道)が、ライトニングキッド(後のXパック)と練習している風景らと共に、リングサイド最前列でバカ口開けて喜んでいる、若き日の私の表情もしっかり抜かれていました(笑)あれから約四半世紀が過ぎても、未だに大口あけて喜んで観戦している自分がいるなどとは、若い時分の私は果たして想像していたのかどうか?

まあ、何も考えてなかったとは思いますけどね(笑)

四天王時代の象徴

その後、ユニバーサル崩壊とともに、スターレーンの盟主になっていったのは、ジャイアント馬場さん率いる全日本プロレスでした。折しも90年代の全日本プロレスは、SWSへの選手大量離脱があり、抜けたスター選手の穴を埋めるかのように、三沢光晴選手率いる超世代軍が台頭し、毎試合毎試合、ジャンボ鶴田選手や、スタン・ハンセン選手ら大型選手と激闘を繰り広げていました。

いわば四天王プロレスの象徴的会場としても、博多スターレーンは忘れられない会場ではないか、と思います。特に当時超世代軍に所属していた菊地毅選手が毎回毎回ジャンボ鶴田選手に、拷問コブラで痛めつけられるシーンは未だに記憶に焼き付いて離れません。

体格差でもキャリア的にも菊池選手が狙われるのは仕方ないとはいえ、毎回やられてもやられても立ち向かっていく菊池選手の姿からは、たくさんの勇気を分けていただきました。そんな中、鶴田選手から直接ではないのですが、鶴田軍から菊池選手が直接ピンフォールを奪って勝った試合は、スターレーンが地鳴りのような音に包まれたのを思い出します。

これだけ思い出の詰まった会場というのは、なかなか探してもないのが実情です。ましてや博多スターレーンという、広さも手頃で駅から近いという立地条件の会場は、そうはありません。それだけに、西の聖地がなくなるのは非常に淋しい思いでいっぱいなのです。

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