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[プロレスコラム]プロレス想い出回想録 栄光のまだら狼・上田馬之助伝②

2020/05/29

2回目の訪問を果たした時

前回、初代・上田馬之助さんを、私にとってプロレスの師匠と勝手に呼ばせていただいている、と書きました。ではなぜ私は上田さんを師匠と呼ぶのか?それは一重に私が、上田さんの人間性に惚れ込んだから、といっても差し支えありません。

まあ、レジェンドから「思い出話」という名の悪口を聞かせていただくのは、それなりに楽しかったですし、ミスターヒトさんなんかは、その内容があまりにもブレてなくて、逆にキャラクターになっていましたから、嫌な感じはしませんでした。日本プロレス分裂に関して、アントニオ猪木さんが日本プロレスを追放されるという出来事がありました。これに関与していたのが、上田馬之助さんだといわれています。

真偽のほどは別にして、私は上田さんにお会いする前から、この説は信じていませんでした。著作でも上田さんはこの件を否定していますが、そもそも陰謀に関わるような裏表はないと今でも私は思っています。ただ、上田馬之助さんは、多くを語られない方でもあったので、誤解も招いた可能性は否定できないとも考えています。ヒトさんみたいに多弁な方は別な意味で誤解を招いていましたが(笑)

さて、今回はお店に2回目の訪問を果たした時のお話をしたいとおもいます。ちょうどこの時期、新日本プロレスがレスリングどんたくを福岡ドーム(ヤフオクドーム)で開催しはじめた頃でした。東京でも実現していない豪華なカードが組まれていたこともあり、東京の友人達もたくさん観戦に来ていました。その中の1人と、福岡ドーム観戦後、熊本まで足を伸ばして、上田さんのお店に伺ったわけです。

描いた本人が一番感動

前回もそうでしたが、この時も「今から伺います」とは一言も伝えてない「アポなし訪問」でした。扉を開けると、そこには上田馬之助さんご本人がいらっしゃいました。そして驚いたことに、前回上田さんにプレゼントした拙作のイラストが店内中央の目立つところに飾られていたのです。これは心底嬉しかったですね。普通「飾らせてもらうよ」というのは、リップサービスであることが多いわけです。そもそも稀代の悪役であろうとも、上田さんは全国区の、いや、全世界にその名を轟かせる超有名選手です。

正直、どこの馬の骨ともわからない、前回初対面だったプロレスファンの描いたつたないイラストなど飾る義理はなかったわけです。それが店内中央に鎮座ましましていた衝撃!描いた本人が一番感動してしまいました。たまたま持っていた使い捨てカメラ(当時はこういうのが全盛でした)で、上田さんと自分の描いた絵とのスリーショット?をお願いしたら、快くOKしてくださいました。それがこの写真です。

こういうことをサラッとやってくださる上田さんの人間性に、私はもう全面降伏せざるを得ませんでした。この当時、営業マンとしてあまり好きでもないお酒を飲む機会がたくさんあった私にとって、唯一心の底から楽しいお酒をいただいた記憶が、上田さんとの酒席だったのです。

最後の別れ

後々私は体調を崩して次第にお酒から遠ざかり、やがて断酒してしまうことになるのですが、もし近場に上田馬之助さんのお店があったら、毎日でも通っていたでしょうね。そういう意味では新幹線のない時代に、簡単には行けない熊本に、上田さんのお店があって良かったな、とも思うのです。楽しい時期はまたしてもあっという間に過ぎ去っていき、お暇する時間になりました。清算を済ませてお店を出ようとしている我々を、上田さん自ら前回同様丁寧にお見送りしていただき、我々は更に感激したわけです。

もちろん宿に戻ってからも興奮が収まらず、またしても腕立て伏せと腹筋してから寝付くほど、この日の夜はわすれがたい一夜になりました。今もなお、どれだけ絵だけでは食えなくても、誰も私の絵に振り向くことがなくても、私は天下のまだら狼・上田馬之助に認められた、という事実は私のアイデンティティの根幹をしめる大事な体験になっているのです。

実はこの時が、上田馬之助さんとの最後の別れになってしまいました。交通事故により上田馬之助さんは半身不随となり、いつしか熊本のお店もやめられていました。

上田さんに恥じない生き方

厳密にいうと、上田さんとは一度だけ「再会」しています。2004年に博多スターレーンで行われたインディオールスターにて、スペシャルゲストで、車椅子姿の上田さんのお姿を拝見しました。正直変わり果てた姿にショックを受けましたが、それでも気丈に、人前に出てこられた上田さんからは「復帰」にかける並々ならない執念を感じました。

私が初代・上田馬之助さんのお姿をみたのはこれが最後になりました。2011年12月。上田さんの訃報を知った時はなんか心に穴があいたような気持ちになったことを今でもはっきり覚えています。

なお、この思い出の写真は一度紛失してしまい、長らく手元になかったのですが、実家で私物を片付けていた際に、偶然ネガをみつけて、写真館で現像してもらいました。いつか写真が見つかったら、上田さんの思い出を書こうと思っていたら、こんなに年月が過ぎてしまいました。もう四半世紀前の話になりますので、細かいところは忘れてもいます。しかし、このタイミングで上田さんの思い出が綴れた事には感謝しかありません。

私の中でまだら狼・上田馬之助は永遠に不滅なのです。人間性ではどれだけ頑張っても、上田馬之助さんには遠く及びませんし、上田さんになりたいとは思いません。でも、心の中でご冥福をお祈りしつつ、思い出の中に生きている上田馬之助さんに恥じない生き方をしたい、と思って私は今日も生きているのです。

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