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[プロレス入場テーマ曲] プロレス的音楽徒然草 THE KAMUI(ザ・カムイ)

今回は後藤達俊選手がヤングライオン時代に、ケンドーナガサキ選手と結成していたタッグチーム、ライジングサンズのテーマ曲だった、竜童組の「ザ・カムイ」をご紹介します。

竜童組は、ウィキペディアによると、

日本の伝統音楽と西洋音楽との垣根を越えた異種音楽格闘技を目指すべく結成された。宇崎竜童と林英哲が角川アニメ映画「カムイの剣」の音楽監督を務めた際に集結したレコーディングチームがその母体である。

当初は林英哲も和太鼓奏者として正式に加わる予定であったが、ソロ活動を優先させるため、1985年のみのゲストプレイヤーとなった。

そのため、和太鼓は宇崎竜童が林英哲の指導により引き継ぐこととなった。各地の祭りにゲストとして呼ばれ「お祭りバンド」の異名がついた。また、海外でのライブ公演も数多く行い、アダモの目に止まりプロデュースの誘いもあった。

活動期間は1985年 - 1990年。

とあります。

ウィキペディアの解説にあるように、ザ・カムイはもともと角川映画「カムイの剣」の劇中テーマ曲でした。「カムイの剣」のサントラは絶版なため、中古市場では高値で取り引きされてますが、竜童組のアルバムには比較的収録されていますし、割と安価で手に入れることが可能です。かくいう私も竜童組のアルバムで入手しました。

ちなみにカムイの剣の主題歌は当時「角川三人娘」と呼ばれていた渡辺典子さんが担当していて、一般的にはこちらの方が有名かもしれません。

さて、プロレスの話に戻りますが、確か、「ザ・カムイ」のライジングサンズバージョンには刀を切り結ぶ効果音が被せられていたはずです。当然原曲には効果音は被せられていません。

しかし、当時新日本にはこの和テイストなテーマ曲というのがなかなかなくて、強いていうなら、坂口征二選手の「燃えよ荒鷲」くらいしかありませんでした。

対して80年代の全日本では一大ブームを巻き起こしたザ・グレートカブキ選手の「ヤンキーステーション」が流れていました。

そんな中で新日本の会場に第2の和テイストである「ザ・カムイ」がながれたということは凄くインパクトがあったわけです。

ちなみに後藤達俊選手といえばヘビー級転向後の「MR.BD」があまりに有名ですが、「MR.BD」が有名であるが故に、私的には「ザ・カムイ」も忘れないでほしいという気持ちがあるわけです。

ましてや後藤達俊選手のヤングライオン〜ジュニア時代は極めて短い期間でしたし、当時の必殺技はバックドロップというより、フライングラリアットが主体でした。代名詞となる技も違っていたという意味では、あの時代の後藤選手にぴったりフィットしていたのが、「ザ・カムイ」ではないか、と私は思っているのです。












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