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[プロレス入場テーマ曲] プロレス的音楽徒然草「J」

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プロレス的音楽徒然草「J」

鶴田最強説

今回は5月13日がご命日のジャンボ鶴田選手のテーマ曲「J」のご紹介です。鶴田選手のテーマ曲は、「チャイニーズカンフー」「TTバックドロップ」「ローリングドリーマー」「J」と4つ存在します。

いずれも甲乙つけがたい名曲なんですが、やはりその強さを覚醒させた時代の「J」は真っ先に取り上げたいと私は思いました。1日遅れとはいえ、とりあげるならご命日の近い今だな、とも思いましたしね。

「怪物」と呼ばれる強さ

ジャンボ鶴田=最強というのは、天龍選手との壮絶な死闘、そして三沢光晴選手率いる超世代軍との抗争で覚醒した「怪物」と呼ばれる強さがその根底にあります。

格闘技的に強い、弱いではなく、スタミナ、身体のでかさ、スケール感も含めて「こいつには勝てない」と思わせる強さを体現していたのが、全盛期のジャンボ鶴田選手でした。

天龍革命以前にも、「ジャンボ鶴田最強説」は存在していました。

一週間練習しただけ

鶴田選手はプロレス入りする前に、オリンピックのアマレス代表選手になっているのは有名な話ですが、一説によると、それまでバスケット選手だった鶴田選手が、一週間練習しただけで、アマレス五輪代表になったという逸話すらあったほどです。

しかし、無尽蔵のスタミナを誇るイメージがある鶴田選手ですが、映像として残っている、鶴田さんが22歳当時に闘った「対ジャイアント馬場戦(馬場さんは当時32歳)」を見ると、涼しい顔で対峙する馬場さんとは裏腹に、口をあけて苦しそうに呼吸をしている鶴田さんの表情をカメラがしっかりとらえています。

後世の選手に引き継がれた例

ですので、後年対長州力戦を60分フルタイム戦い抜いたあと、鶴田さんが涼しい顔で試合後にスクワットをしていたという逸話はのちに長州選手本人も「かなわなかった」と認めていたほどです。

若い頃は息が上がっていた鶴田さんがこうしてスタミナの怪物化した背景には、才能だけでは通用しないプロレスの奥深さがあると私はおもっています。

足りない部分を努力で補って

しかし、自分に足りない部分を努力で補って一流選手になっていった鶴田選手はやはり並みのプロレスラーではなかったということはいえるでしょう。

そんな鶴田選手の怪物ぶりを引き出した天龍選手、そしてその怪物と毎試合のように激闘を演じていた三沢光晴選手もやはりタダモノではないと私は思います。

布袋さんのカバー

さて、昭和のプロレスラーでいくつか、後世のレスラーに引き継がれた入場テーマ曲がいくつかありますが、まずオリジナルを超えるケースはないと言っていいでしょう。

最も成功した例で言うと、ブルーザー・ブロディの「移民の歌」を引き継いだ真壁刀義選手くらいでしょうか?

しかし、真壁選手の曲は、布袋寅泰さんがカバーしたバージョンですし、同じ移民の歌(新日本バージョン)を使用したザ・プレデター選手は、ブロディのギミックごと引き継いだせいで、恵まれた才能がありながらパッとはしませんでした。

引き継ぎはクレバーさも

真壁選手のケースは、ブロディのギミックを上手く取り込んだ上で暴走キングコングという新しいキャラクターに昇華させています。

これは単に先代のモノマネではなく、真壁選手自身がクレバーな人だからこそなし得た成果ではないか、と私は思っています。

初代のテーマ曲を引き継いだという点では4代目タイガーマスク選手も相当しますが、このケースは初代と比較すると気の毒な気もします。

テーマ曲の継承

また、実の息子が継承する例としては、橋本真也選手の爆勝宣言や闘魂伝承を使用している、大日本の橋本大地選手がいます。

大日本に移籍してから、オリジナリティを打ち出して、お父さんとは違うタイプの選手に育ちつつある大地選手ですが、入場テーマ曲に関しては、未だ迷走してますね。

中嶋勝彦の例

「J」自体は、森嶋猛選手が、プロレスリングノア時代に、ジャンボ鶴田さんから正式に継承する形で使用したことがありますが、正直森嶋選手と鶴田選手では体格以外に共通点が見出せませんでしたし、そもそも継承する意味が理解できませんでした。

ノアでは中嶋勝彦選手が、師匠の佐々木健介選手の入場テーマだった「POWER」を使用していましたが、これは、健介選手が「POWER」を使用した期間が短かったため、先代の手垢がついてない状態で継承できた稀有な例でしょう。

最も使用された曲だと

「POWER」のオリジナルについては、出来上がった直後に健介選手が負傷し、1年近く欠場。その後復帰してしばらくしてテーマ曲を「テイク・ザ・ドリーム」に変更したため、あまり使われていないという経緯もあります。

しかし「J」に関しては、天龍さんとの鶴龍タッグ時代から、天龍革命時代の鶴龍対決、そして超世代軍との抗争…という、ジャンボ鶴田史上、最もアブラの乗っていた時期、つまり冒頭でも書いた「ジャンボ鶴田最強説」が大手を振ってまかり通ってきた時代に使用されていた曲です。

手垢にまみれすぎて

あの時代のジャンボ鶴田のイメージが染みついている「J」は、まさに手垢にまみれすぎているため、他の誰が継承しても「イメージに合わない」と言われるのがオチです。

むしろ継承する側の方が気の毒というものです。そういう意味では森嶋選手のケースは申し訳ないですが、全く合わなかったと言ってもいいでしょう。

コスチュームや必殺技に関していえば、比較的継承しやすいですね。

キャラクターが確立していると

新日本で言うと、天山広吉選手がキラーカーン選手から継承したモンゴリアンチョップがありますが、天山選手自身が既にキャラクターを確立したレスラーでもありますし、キラーカーンさんに直接モンゴリアンチョップを使用する許可をもらいに行ってます。

今では、モンゴリアンチョップ=天山広吉というイメージがついてますから、これは幸運な例ですね。

アメリカWWEの例

アメリカのWWEでは、ヒットマン・ブレッドハートの姪であるナタリアが、「ヒットマン」のイントロを使用したテーマ曲で。

また、リックフレアーの実娘シャーロット・フレアーの入場テーマには、父リックのアメリカでの入場テーマ曲「ツァラトゥストラはかく語りき」を上手くミックスして使っています。

WWEの演出は先歩的

先代のイメージを踏襲しつつ、オリジナリティを出すという点では、WWEの演出は二歩も三歩も先に行っているといっていいでしょう。

しかし、これは広く版権を抑えているWWEならでは、ということも言えるでしょう。潤沢な資金力もありますし、やはりエンターテインメントでは日本はまだまだ足元にも及ばないのかもしれません。

どうしても一曲選ぶなら・・・

それでももし、鶴田さんの曲で後進の選手に使ってもらいたい曲を選べ、と言われたら、私は個人的には「TTバックドロップ」を推したいと思います。

TTとは本名の鶴田友美のイニシャルですし、バックドロップ自体は普遍のプロレス技として、後々にも使い手が現れる可能性があるからです。「TTバックドロップ」は、鶴田さん自身が使った期間も短いですし、もし「どうしても」というならば、少なくとも「J」よりはマシだと思うのです。

藤波辰爾さんの場合

ところで「J」に関しては入場バージョンとレコードバージョンの二種類が存在します。この二つの「J」を含め、鶴田選手の入場テーマ曲は全てCD化されています。

鶴田さんと対比するわけではありませんが、藤波辰爾選手の入場テーマである「ドラゴンスープレックス」は、初期のJOEバージョンや、松岡直也さんが手がけた「ロックミードラゴン」などが、CD化されていません。

レア度は低いけど

鶴田さんの場合、強いて言うなら著作権の関係で商品化できない「鶴龍コンビのテーマ」がありますが、これは例外と言っていいでしょう。

比較的入手しやすいという点ではレア度は低いですけど、「J」は間違いなく日本プロレス史上に残る名曲だと私は思いますね。






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