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プロレスよありがとう!クレイジーでモンスターな好事家がマニアに捧げるメモリアルブログ(21) モンスター的プロレスコラムその18

1990年という年は私にとっては非常にやるせない一年でした。それを象徴するかのような、新日本プロレスの大会が博多スターレーンでありました。新日本プロレスは6月にバトルライン九州、STRONG HOLD IN FUKUOKA という福岡国際センター大会を超満員で大成功させていました。当時私は人身事故の加害者になり、日々被害者のもとに出向く毎日を過ごしていました。

そんな生活から逃げるようにしてプロレスを求めて、12月に再び博多の地へ向かいました。国際センターすら満員にする当時の新日本には博多スターレーンは狭すぎる会場でした。テレビ中継もはいり、本当に凄い熱気の会場の中で、メインをとったのは、かつてジュニアヘビー級時代に凌ぎを削った剛竜馬と藤波辰爾の一騎打ちでした。

この当時、剛竜馬は日本初の本格的インディ団体、パイオニア戦志旗揚げ後、パイオニア軍団として、古巣新日本の外敵として上陸していました。セコンドには盟友、青柳館長をつけ、5月から続いてきた軍団抗争に決着をつけるべく、このメインイベントは敗者追放マッチとなっていました。

ですが、1989年4月30日に、大仁田対剛のシングル対決をメインイベントとして行ったパイオニア戦志の旗揚げ戦は、藤波さんに試合内容を酷評されていました。さらにパイオニア軍団として乗り込んだ5月4日の緒戦(剛&高杉対長州&佐々木健介)では勝利したものの、練習不足なのは明らかで、またもや藤波さんにダメ出しされてしまいました。

10月の移動中の交通事故を乗り越えて挑んだ藤波さんとのシングルに剛自身は相当な覚悟でいどんだと思われます。しかし、藤波さんをまっすぐ見据える剛とは対照的に、目すらあわせない藤波さんは本当に冷たく感じました。あれほど温かみのある藤波さんがあれほど冷酷な顔をして試合をしていたのは、かつて記憶にないことでした。

序盤では剛が奇襲をあっけて場外戦に挑むものの、藤波さんに切り返されます。場外でも攻勢に転じた藤波さんは剛を流血に追い込みます。あまりに場外戦が長いので会場からは「あがれ」コールまでおきてしまいます。リング内にあがっても、すでにスタミナ切れしている剛は口をあけて呼吸をしています。そこへ容赦なくグラウンドで畳みかけていくドラゴン。多少剛が反攻に転じる場面もあるのですが、藤波さんにはダメージをあたえられていません。誰とでもいい試合を作る藤波さんがリング上で、突き放したような態度で接していたことも、かみ合わない要因でもありました。しかも、剛はあげくの果てに藤波さんのフライング・エルボー・バットに沈み、パイオニア軍団の追放が決定したのでした。藤波戦敗退、新日本との業務提携終了をもって、パイオニアは活動休止してしまいました。

決定的だったのは、ジュニア時代にみせていたしなやかさは剛の肉体からは完全に失われており、フロントスープレックスもぎくしゃくした動きになっています。この試合でも山本小鉄さんに指摘されていた通り、剛の体の硬さも災いして、試合は終始かみ合いませんでした。とにかく冷酷な氷のドラゴンをみたのは、後にも先にもこの試合だけでしょう。試合後、健闘を称えあうどころか、剛の方すらみようともせずに藤波さんはリングを後にします。

後年FMWを旗揚げした大仁田も新日本との抗争に挑みましたが、剛とは何から何まで違っていました。膝がいうことをきかず、練習も満足にできないのは大仁田も同じ。剛とは条件もそれほど変わりはありませんでした。でも剛竜馬は何から何まで不器用だったけど、妙に記憶には残っているんですよね。過去の栄光を捨て去った大仁田はビジネスマンとしては大変優秀だったけど、過去の栄光にすがって、新日復帰、対藤波戦だけを目標にやってきた剛竜馬はいかんせん人としても、プロレスラーとしても不器用すぎました。剛の唯一の栄光は東京ドームの第一試合で6万人のショアをできたことかな。それだけがせめてもの救いだったような気がします。

晩年の剛を見ていると、それまでの不義理の積み重ねがあったとはいえ、スターレーンの一期一会の試合はもう少しなんとかならなかったのかとも思うのです。でも藤波さんにしてみたら、1989年6月22日、ビッグバン・ベイダーとのシングルマッチで腰を負傷し、椎間板ヘルニアで1年3か月間に及ぶ長期欠場となったあと、1990年9月30日の越中詩郎とのエキシビション・マッチで復帰戦を飾り、プロレス界での部屋別制度を提唱、「ドラゴンボンバーズ」を結成し、年末には宿敵長州力とのIWGP戦を控えたスケジュールの中で、正直剛竜馬だけをみている余裕はなかったと思われます。

そういう意味では不幸なすれ違いだったとも言えるわけですね。ドラゴンだってまさかこの試合が一期一会になるとは想像もしてなかったでしょうし。この日のメインイベントは本当に見ていて切ないものがありました。そして剛対藤波のこの試合は未だに見返すたびに、私の中の心の中のトゲが痛むような気がしてならないのです。

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