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[プロレス入場テーマ曲]プロレス的音楽徒然草 プロレスよありがとう!クレイジーでモンスターな好事家がマニアに捧げるメモリアルブログ

[入場曲]プロレス的音楽徒然草 スーパースター(ドン・エリス・バージョン)

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今回はスーパースター(ドン・エリス・バージョン)のご紹介です。この曲は全日本プロレス時代に大仁田厚選手のテーマ曲として使用されていました。

実はこの曲はカバーでして、オリジナルはまた全然イメージの違う曲です。このドン・エリス版のスーパースターが収録されているアルバムは非常に入手困難な状態にあり、Amazonでも高値がついて取引されています。

同じ大仁田選手のテーマ曲でも、FMW以降から現在まで使用されているワイルドシングは比較的入手も容易ですが、テーマ曲マニアとしてはやはりスーパースターに軍配をあげたいところです。ちなみにオリジナルのスーパースターは、同じくスーパースターの名を冠するビリー・グラハムのテーマ曲になっています。

大仁田選手は全日本時代に膝を負傷し、一度引退しています。その後も何度も引退しては復帰ということを繰り返していますが、最初の引退の引き金になった膝の爆弾は相変わらず抱えたままです。正直な話、大仁田選手のプロレスラーとしてのピークは全日本時代だったと私は思っています。FMW以降はレスラーというより、優秀なビジネスマンという印象が私にはあります。

ですから、プロレスラー・大仁田厚を思い浮かべる時にこのスーパースターが頭に流れる人も多いのではないでしょうかね。この時代、大仁田厚といえば、渕正信、ハル薗田と並ぶ若手三羽ガラスの一人でもあり、チャボ・ゲレロ(シニア)とのNWAジュニアの攻防では素晴らしい名勝負を繰り広げました。

大仁田とチャボといえばやはりお互いがジャーマンスープレックスの使い手でもあり、それが一級品だったことも共通しています。二人の抗争はドル箱カードとなりました。

しかし大仁田淳の悲劇は、新日本に初代タイガーマスクが出現したことからはじまります。先ほども書いたように、大仁田厚はジャーマンスープレックスの有数の使い手でしたが、初代タイガーはジャーマンの他にタイガースープレックスなどの各種スープレックスや四次元殺法などの空中戦において、傑出しすぎていました。またこの時代の新日本と全日本は何かにつけて比較されていました。初代タイガーと比較されてしまうこと自体、選手としての大仁田が正しく評価されていたとは言い難いのですが、これも運命のいたずらなんでしょう。

皮肉にも初代タイガーが得意としていた空中戦に活路を開いた大仁田はその空中殺法で膝を負傷、ジャーマンも封印せざるを得ず、1度目の引退に追い込まれます。しかし、よほど悔しかったのか、このままでは死に切れないと思ったのか、大仁田は膝が万全でなくてもお客を魅了するプロレスを考えつきました。それがデスマッチであり、行き着いた先が電流爆破でした。

それからの彼はプロレスラーというより、革新的アイディアマンであり、ビジネスマンとして覚醒しました。FMWには一度引退しながら舞いもどったり、メジャー団体にはあがれない選手までガンガンリングにあげました。その玉石混交状態から今のプロレス界ができたのですから、大仁田の功績が大きいことは間違いありません。

まあ、功罪でいえばどちらもデカイのが大仁田厚なんですけど、あのままドン・エリス版のスーパースターが似合う大仁田で終わっていたらプロレス界も今とは全く様相が異なっていたでしょう。

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