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プロレスよありがとう!クレイジーでモンスターな好事家がマニアに捧げるメモリアルブログ(13)モンスター的プロレスコラムその13

私が初めて見たプロレスの大会では忘れられぬシーンがいくつもあります。今回はメインとメインにつながったとある場面をご紹介します。私が観に行った第二回IWGP広島大会のハイライトカードというと、なんといっても藤波辰巳(辰爾)対アンドレ・ザ・ジャイアントと、アントニオ猪木対長州力の2つでした。後年全日などでみた晩年のアンドレはそれはもう寂しいものがありましたが、このころはなんといっても全盛期ですからね。観客の波をかき分けて進んでくるアンドレは、あきらかに人波より半身でかくてまさに「ひとり民族大移動」という古館アナのフレーズが実にふさわしい光景が目の前に展開されてテンションはもうマックスでした。

この時代のアンドレはそれはもう圧倒的に強くて動けてまさに向かうところ敵なしでしたが、プロレスの流儀にのっとって相手のいいところを引き出したうえで勝つというセオリーも忠実に守っている非常にクレバーな試合運びもみせていました。その最たる例がロープに腕が絡まって動けなくなるシーンで、こうなったときに小兵の藤波選手が一気呵成に攻め込むと、会場は大ドラゴンコールに包まれることになるわけです。しかし最後は余力を残したアンドレが粘る藤波を圧殺し、勝つという実に素晴らしい試合でもありました。

試合後ダメージは残しつつも、しっかり立ち上がった藤波さん。当時藤波辰巳選手は長州力選手との抗争で名をはせており、そのライバル長州が師匠・猪木と対戦するこの日のメインというのは星取り上、どうしても気になったのでしょう。そのメインが始まってしばらくして通路側に座っていた私の横にパイプ椅子を持ったガタイの大きい人が近づいてきて隣に座ったのです。なんとその人こそ、さきほどまで大巨人と激闘を繰り広げていた藤波辰巳その人だったのです。さすがに藤波さんが横に来るというのは想定も何もしてなかったので、はっきりいってどぎまぎしてしまい、横の藤波さんばかりが気になってメインの試合内容が全く記憶に残らなかったというありさまでありました。

しかし、この後藤波さんとの接点は全然なくなってしまい、40代後半になったころ、IGF福岡大会にて藤波さんがサイン会を行ったときに、思い切って当時の話をしてみました。なんと藤波さんはその時メインを通路で見ていたことをおぼえていて(当然私のことは覚えていませんでしたが)「そうか、あれからもう30年たつね」とドラゴンスマイルを返してくださったときはもう天にも昇る気分でした。さらに数年後ついに2ショット写真を撮ることができて、7歳の時に10代の藤波さんの試合を見て以来、ずっとあこがれ続けてきたドラゴンの真横に座ることができたのでした。やはりプロレスは長い間見ているといろいろな点が線になって繋がっていく瞬間を体験できます。この出来事も実はそうだったのですね。

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