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[プロレスコラム]プロレス想い出コラム~林祥弘との尽きない想い出の数々(4)

2018/02/27

中華そば一久。山口県宇部市を中心にチェーン店を展開していたり、家庭で調理できるスープ付生麺をスーパーなどで販売している。山口県の中でも知ってる地域と知らない地域がある、でも確実に山口県のソウルフードと呼んで間違いない中華そばである。今回はこの一久と林祥弘とのお話をしようと思う。

とその前になぜ一久が山口県の中で知名度に開きがあるのかをまず説明しておきたい。実は一久がチェーン展開しているのは宇部市、小野田市、下松市の山陽三市だけである。つまり実は下関市民でも、知らない人は知らないのだ。だからお店で食べられる範囲はきわめて限られる。しかし、スーパーの生麺コーナーには大概一久の袋入り生ラーメンが売られているし、楽天の通販サイトでも買えるので、店にはいかずとも一久の味は食べたことのある人もいるはず。そういう意味で県民にはソウルフードとして浸透しているのだ。

私がまだスーパーで売られる前に一久と出会ったのは昭和末期。当時の職場の上司が小野田市の人で、小野田、宇部方面の得意先周りに仕事でついていくと、昼飯はだいたい一久で、というパターンが多かった。当時林祥弘はまだ1歳か2歳。当然だがまだ彼は一久の味とは出会ってはいまい。

下関市民だけどほぼ距離的に山陽小野田市に近い場所に住む私にとっても実は一久というのは未知の味だった。しかし味にハマって以降は、プライベートでも一人で運転して時たま食べにいくくらい一久の中華そばのファンになってしまった。山口県民のハートと胃袋を魅了する味、それが一久の中華そばなのだ。

この味に魅せられたであろう人間がプロレス界にはもう一人いる。山陽小野田市出身のプロレスラー、藤田ミノルその人である。一久は2016年で創業46年になる。おそらく小野田市民であった藤田が一度は一久の味に巡り合っていてもなんらおかしくはない。

で、藤田が一時期プライベートで色々あって酷く落ち込んでいた時期があった。藤田はこの時期にがむしゃらプロレスとは接点があって、普段あまり更新のない林が珍しくFacebookで藤田ミノルというレスラーがいかに自分にとって特別なのか、を熱をこめて書いていた。彼が見ていた大谷、藤田組が初タッグを組んだ新日本プロレス宇部大会は私も観戦している。山口鴻城高校レスリング部の先輩、後輩でもある彼らにとっても、地元凱旋大会でチームを組むというのは特別なはずである。

それが時を経て山口県民の二人のプロレス好きの心に刻まれたというのはこれも感慨深い話である。休みが合わず大概県内の大会は一人で観戦していた私にとって、林祥弘はプロレスの思い出を共有できる貴重な存在だった。

その林が藤田の窮地にこっそり一久ラーメンを差し入れていたのを知ったのもFacebookだった。林とはこれより以前、一久についてもいろいろ話したから、彼が一久を山口県民のソウルフードだという認識を持っていたのは知っていたが、このタイミングでの粋な計らいに、私は感動した。

よほどその時の藤田ミノルは嬉しかったのか、林から差し入れられた一久ラーメンをFacebookにあげて投稿していた。彼もまた一久の味の意味を理解していた一人だったのだ。

北九州市民からすると「あんなスーパーで売っているような安いものを差し入れて…」という気持ちもあったかもしれない。だが、後日「いいことしましたね」と林に言ったら嬉しそうに笑って、最後はやはり一久の話になって盛り上がってしまった。それくらい一久の味は他県人には理解できないものなのだ。

林の葬儀のあと、帰り道にある一久に寄ろうかと思ったけど、まだ気持ちが整理できていなかったので、そのまま帰路についてしまった。だが自分の中でいろいろ整理がついた時点で、また一久の味に再会しに行こうと思う。林がいなくなっても宇部に、小野田に一久が残る限り、私はまた足を運ぶつもりでいる。

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