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プロレスよありがとう!クレイジーでモンスターな好事家がマニアに捧げるメモリアルブログ(11)モンスター的プロレスコラムその11

2016/10/05

さて、少し箸休め的に私が初めてプロレスを生観戦した時の話をしましょうか。高3の時にプロレスに舞い戻った私は、大学生になって、広島に住んでいました。ところが大学時代は引きこもってマンガばかり描いて生活していたので、たまに出かけても単独行動でした。ですからほかの大学生のようにサークル活動やコンパに勤しむこともなく、コストもかからない質素な生活をしてました。下宿は二食付きの学生会館でしたから、食うには困りませんでしたし。でも当時の私はまだプロレス観戦に血道をあげるほどのめり込んではいませんでした。そもそもコンサートとかが3000円とかの時代にプロレスはリングサイドで5000円とかいう時代でしたからね。ちょっと手が出ないなあというのが正直ありました。今はコンサートの方が概ねチケット代が高いのですが、30年前はプロレスの方が高かったのです。

そして私が選んだのは新日本プロレスの第二回IWGP広島大会でした。1984年6月の話です。考えてみたら夜になれば生中継があるわけだし、わざわざ会場に行かなくてもよかったかもしれません。しかもリングサイド席という、今なら絶対買わない席種を選んで観戦したのですから、なんか魔がさしたんでしょうね。チケットはいつも購入していたそごうのプレイガイドで買い求めワクワクしながら当日を待ちました。世界でもNWA、AWA、WWFが三大タイトルとして実行力を持っていた最後の時代もあったし、その向こうを張ったIWGPというのは猪木さんにとっても大きな構想でした。そもそも王座になる前のIWGPとはどんなものだったのかというと・・・・

IWGPはプロレス界における世界最強の男を決めるという考えの下にアントニオ猪木が提唱したものである。各地域や各々の団体にチャンピオンベルトがある事で真のチャンピオンを決めるべき姿を確立する為の目的で当初の計画では日本で開幕戦を行い、韓国→中近東→欧州→メキシコと転戦して決勝戦をニューヨークで行う予定だったが計画が壮大すぎたことに加え、「プロレス界における世界最強の男を決める」と言うプランから、それぞれの地区で王者を抱えていたプロモーターからの協力も得られず、紆余曲折の末1983年5月6日に蔵前国技館で第1回「IWGPリーグ戦」を開催。第1回「IWGPリーグ戦」決勝のハルク・ホーガン対アントニオ猪木戦におけるハルク・ホーガンのアックスボンバーによるアントニオ猪木の失神KOシーンが有名。第2回「IWGPリーグ戦」でも両者は決勝で戦ったが長州力の乱入によるリングアウトでアントニオ猪木が勝利。この結末に対して当時会場にいたファンの不満は非常に大きかったと言われる。
IWGPヘビー級王座に先駆ける形で1985年12月12日にIWGPタッグ王座、1986年2月6日にIWGPジュニアヘビー王座が設立され、本来の目的であったIWGPヘビー級のリーグ戦は1987年の第5回まで行われ、6月12日、第5回「IWGPリーグ戦」を制したアントニオ猪木に初代IWGPヘビー級王者としてチャンピオンベルトが授与された。以降IWGPはチャンピオンベルトの名称として現在まで受け継がれている。(wikipediaより)

まあ、今思うと顔ぶれもすごかったですからね。まだ、リアルアメリカンになる前のハルク・ホーガンをはじめ、大巨人アンドレ・ザ・ジャイアント、マスクド・スーパースター、ディック・マードック、アドリアン・アドニス・・・といった今では絶対見られない陣容でした。NWAとAWAに強力なパイプをもつ馬場全日本には発足当時から豪華外国人が来日してましたけど、猪木新日本はそういうパイプがなく、異種格闘技戦などの奇策でしのいできましたが、折からのタイガーマスクブームにのって、新日本ブームもおこっていました。その追い風にのって開催された第一回大会は決勝で猪木さんの失神KOというバッドエンドで終わることになったのです。このあたりからややブームに陰りもさしていました。この少し前に前田日明をエースに据えた新団体ユニバーサルプロレス(第一次UWF)が発足、タイガーマスクの退団、長州ら維新軍団の離脱で、新日ブームはあという間に終焉を迎えたのでした。

約30年以上前は、プロレス団体も新日本、全日本、第一次UWF、全女、ジャパン女子しかなく、全国で5団体が同時開催されたら週刊プロレスが表紙にしていたような時代でしたから、地方でプロレスを生観戦するチャンス自体が今よりぐっと少なかったわけです。その上新日本は金曜夜8時に、全日本は土曜7時にプロレス中継を毎週放送していましたから、わざわざ金払ってまで会場に足を運ぶモチベーションも薄かったのです。今考えるとなんてぜいたくな話でしょうか?

とはいえ、やはりテレビだけでは物足りなさを感じていたのも事実でした。大学時代は引きこもってはいたものの、映画館やコンサート、ライブにはよく足を運んでいたので、プロレスもライブで体験したくなったのです。やはりはじめてづくしだったし、あのワクワクドキドキ感は未だに忘れがたいですね。今も生観戦ならではの高揚感はありますけど、新鮮味という点では初観戦をこえる体験はないですね。

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