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プロレスよありがとう!クレイジーでモンスターな好事家がマニアに捧げるメモリアルブログ(10)モンスター的プロレスコラムその10

2016/10/04

大阪編最終回は1994年1月5日のWAR、通称「1.5」について書きます。この前日私は東京ドームの1.4大会を観戦しています。メインは猪木対天龍で天龍が猪木からパワーポムで3カウント奪取し、日本人レスラーとしてはじめて猪木・馬場からピンフォールを奪った快挙を成し遂げました。

しかし、私はこの試合のことをあまり覚えていません。いちおうビデオも持ってはいるのではすが、あまり見返した記憶すらありません。試合序盤で魔性のスリーパーを炸裂させた猪木さんが一度天龍さんを絞め落としているのですが、これを反則としたレフェリーが試合を続行し結果パワーボムで天龍さんが勝つわけですが、議員兼業で引退カウントダウンの渦中にある猪木さんに反則とはいえ、天龍さんが絞め落とされた点で、実際ドームにいてもそれほど偉業達成!という空気にはなっていなかったんですね。

で、それを当て込んでいたのかどうかは定かではないのですが、1.5はその偉業達成の翌日です。新聞でも大々的に取り上げられ、しかもこの大阪ではタッグながら武藤敬司と初対決という念の入れようで、これでお客さんが来ないはずがない、という目論見が団体側にあったはずです。

だが、しかし!

なんと大阪府立体育館(現・エディオンアリーナ)はガラガラ!2階席にいたのは数えるほど。一階にも一目でわかるくらいの空白がありました。なぜこうなったのでしょうか?私が想像してみるに

(1)東京の快挙は大阪ではニュースの価値がないに等しい
(2)武藤敬司とのシングルマッチならまだしもタッグでは引きが弱い(ちなみに天龍のパートナーは安良岡裕二=引退、武藤のパートナーはエル・サムライ)

という理由が考えられます。

(1)の東京の快挙は得てして全国ニュースになりやすいものです。東京の人は東京の話題=全国の話題と思いがちですが、実際はそうではありません。ましてや何かにつけて東京に対抗意識を燃やす大阪です。猪木対天龍を大阪でやっていたら状況は変わったでしょう。しかし、東京ドームでは、他人事にしかならないのです。

(2)の引きが弱い点ですが、当時のドーム大会はプロレス初詣とも呼ばれ全国から私のようなうつけ者が集結していました。帰り道に大阪に立ち寄り観戦するコースも予定としてはたてられるわけです。しかしそこまで一手間かけるにはカード的に弱いし、天龍さんも猪木さんに圧勝したわけではないし、「じゃあ、見なくていいかな?」と考えたファンも多かったのでしょう。

地方から東京に行く交通費だって決して馬鹿にはなりません。それを考えると1.5がスルーされたというのは至極当たり前だったわけです。

加えて入りの少なさからか、真冬にも関わらず暖房が切られており、我々は震えながら試合を観戦していました。ですから1.5も実は入りも寒い上に会場自体も寒いということしか覚えていません。

マニアツアーといい、1.5といい天龍さんと大阪の相性が悪いのかな?と思うのですが、ほかの大会ではWARでもそこそこ入ってましたから、たまたま歩が悪かったとしか言いようがないですね。しかし真冬に暖房切られた大会場ってマジで寒いですから、よく風邪ひかなかったなあ、と今でも思いますね。

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