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プロレスよありがとう!クレイジーでモンスターな好事家がマニアに捧げるメモリアルブログ(4)モンスター的プロレスコラムその4

2016/10/04

週刊プロレス投稿常連会プレッシャーは、私に原稿料をもたらしただけではなく、私に全国津々浦々に友達を作ってくれました。幸い書いて書いて書きまくった投稿のおかげで、知名度だけはありましたし、色んな場所に行っても、たいがい歓迎されましたからね。それは今までにない体験でした。

それまでは、自分が好きなことを人前でアピールすることがこんなに喜ばれるとは思いもしていませんでした。それが全国津々浦々にいるわけですから、こんなありがたいことはありません。

とはいえプレッシャーの立ち上げから5期入会募集まで躊躇していたのには理由がありました。実は初めて全日本プロレスの観戦に行った時に、面識もない隣席の男性からいきなり話しかけられました。彼は全日本の会場であるにも関わらず、新日本プロレスの素晴らしさを延々と訴え続けてきたのでした。

昭和の末期にはまだこうした新日本信者がたくさんいて、正直ウザかったのは確かでした。ましてや全日本の会場にきてまで布教活動するなど迷惑千万でした。私は基本自分が変わろうとせずに人を変えようとしたり、自分の趣味嗜好を押し付けてくる人間が大嫌いです。ですからなるべく話はしないで試合に集中していました。

どうもくだんの男性は、下関初見参のロードウォリアーズが目当てだったらしく、ウォリアーズの試合が終わるとさっさと帰っていきました。この一件で私のプロレスファンに対する印象は最悪になりました。

しかし、この時点であたかもプロレスファンの全てが悪人のような捉え方をしていた私も明らかに間違っていました。事実はどういう趣味嗜好であれ、よい人もいれば悪い人もいるわけです。実際プレッシャーに入ってからも幾度となく人間関係では一通り辛酸を舐めまくりました。まあ、世の中に立場や性別など異なる人間が混在するグループ内で揉め事が起きないはずがないのですけど、やはり当初はプロレスファンならば分かり合えるという妙に甘い幻想をなぜか抱いていました。今思うと自分の理想を他人にあてはめようとして苦しくなっていたのかもしれませんね。

不思議なもんで、そうした自分の心の癖に気づいて自分のパターンを変えていくと、トラブルメーカーがあまり寄ってこなくなったんですね。そうして残ったお付き合いはとても心地いいので、長続きしているわけです。

幸い私そのものがトラブルの火種にはならなかったため、トラブルメーカーが去れば自動的に私の周りは平和になりました。もともと私は八方美人で特定の派閥に属するのを嫌う性質上、深入りせず、我関せずのスタイルを貫いてきました。しかしこれだと確かにトラブルの火種にはならないにしても、より深い人間関係を築くことはできません。今まではそれでもよかったのですが、やはりこれだけだと満足できない自分がいることにも気づけました。

そこでより自分と向き合ってみると、自分の中に悪役願望が強くあることに気付きました。であるならばもう人から何と言われてもどうでもいいわけです。必要以上にトラブルを避け、いい子を演じる必要もないので、思い切って好き嫌いをはっきりいうようにしていきました。するとそこでまた人間関係が変わりはじめました。

結果的にプロレスと出会って私は様々なことを学びました。ここまで気づきを深くすることができたのも、数々のトラブルを乗り越えられたのも全部プロレスからもらったエネルギーが私に力をくれたからです。そういう意味でプロレスは、プレッシャー入会する直前に亡くなった祖母が私に遺してくれた非常に大きな遺産となったのです。

 

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