[プロレス観戦記] 九州プロレス設立5周年記念大会 筋肉山笠’13(13.7.15 福岡天神・ 西鉄ホール)

九州プロレス設立5周年記念大会筋肉山笠’13(2013年7月15日 福岡天神・西鉄ホール)

写真はこちらから^^

イントロダクション

今から去ること15年前、全国規模のプロレスサークルに所属していた(いや今もしてるけど)私は下関で忘年会を開こうと日本各地の有志に声をかけていた。当初は会員のみでやる予定がひょんなことから当時博多で活動を開始したばかりのアステカ選手の耳に入ってなんと忘年会に参加してくれる事になったのだ。

やっぱプロの選手が来る以上人数も揃えねばと我々は必死になって声をかけて無事盛会を催すことができた。

で、そのアステカ選手の後ろに背の高いひょろっとした感じの青年がついてきていた。彼は上背こそレスラーだったが、どこか気弱そうで、いい言い方をすれば好青年だったんだけど、正直試合は・・・・という感じのレスラーであった。まだレスラーである前に社会人として一人前であれという概念自体がこの業界になかった時代である。破天荒さのない彼の存在はもの足らなく感じていた。

その忘年会のい彼も参加していたのだが店の前で記念撮影をすることになって皆が外に出る中、一人彼が座敷に残っていてなんと後片付けを手伝っていたのだ。アステカ選手の付き人とはいえ主賓にそんなことはさせられないので、慌てて手をとめさせて撮影に参加してもらったのだけど彼の人間性についてはこの時もはや疑いのないくらい信用が置けた。

オープニング

しかし生き馬の目を抜くプロレス界。上背はあっても上には上がいる。華☆激を離れ東京にいった彼はその後流浪の格闘人生を送ることになる。

気にはなっていたので追える範囲では追っていたが、気が付けばいつの間にか彼は大阪に流れ着いていた。

大阪プロレスも何度となく政権交代があって、昔のようにツアーで全国を回る体力もなく、こっちで彼の試合をみたのは一度きり。

その後九州プロレスに筑前とビリーケンキッドの友情によって、大阪プロが絡みだして再び接点ができた。そして九州男児最強トーナメントに彼も参戦。惜しくも決勝で筑前に敗れ初代王者になりそこねた彼はまたしても博多から遠ざかった。

しかし、かつての師匠、阿蘇山がベルトを巻いたことで彼は再び動いた。5月、大阪を退団して師匠越えを宣言し、ついにこの7月15日、タイトル戦を迎えることになったのである。それがこの日のメインだったのだ。

選手入場式ではこの日お披露目の新ジャージで登場。なんとがばいじいちゃんまで入っていたが登場が遅く、しかも式の途中で力尽きて座席に座っていた。なんか九プロジャージ着たじいちゃんってちょっと新鮮だった^^

第一試合:筑前りょう太デビュー15周年記念試合 60分1本勝負

×筑前りょう太(9分58秒 KO)ビリーケン・キッド○

で、そのルチャリブレ日本時代の盟友ビリーがきての第一試合。しかし時が時ならタイトルがかかってもおかしくないカードなのだが・・・・

前ふりでは前回同様メンタルの不調ということになっていたが、1月のタイトル戦の首の負傷が癒えてないのは明白。心身一如という考え方からすればメンタルにも不安があったんだろうけど、序盤はそれを感じさせない突進ぶりで健在をアピールする筑前。

しかしビリーは一発一発受けるたびに筑前に「効かねえ!倒れねえ!これが筑前りょう太か!九州プロレスか!」と一歩もひかない。これが意地の張り合いなら美しいのだが、やはりどっか何か歯車がかみ合ってない。

逆にビリーにせめられると窮地に追い込まれて筑前大ピンチ。受けに回った時に強さを発揮するのがヘビー級の見せ所なのだがそれができてないというのは致命的。

九州プロレスは大会数こそ少ないがNPO法人としての活動が多岐にわたっているため、おそらくは満足に治療してる暇がないというのは本音のところだろう。

ビリーはカウンターのジャンピング顔面キックで筑前をマットに這わせるとレフェリーがダウンカウントをとる。まさかここでは終わらないよなと思ったらなんと完全KO。阿蘇山の猛攻を耐え凌いだ1月の筑前とは完全別物になっていた。

その証拠にこの後救急車で搬送されたというからこの不調は根が深そう。ビリーも思わぬ結末に第一試合で異例のマイクをもって筑前に檄を飛ばしたはしたが・・・・デビュー15周年記念試合は不完全燃焼で終わってしまった・・・・

第二試合:台風も5周年バイ!夏の台風祭り:20分1本勝負

台風 vs タイフーUSA vs 台風5号 ○台風(4分50秒 台風スピン)タイフーUSA×

九州プロレスの歴史を彩った3体の台風による台風祭り。急遽、上陸した長身の台風5号はオリジナルに負けないハイテンション。最初は旭詩織かと思ったが上背がありすぎるし声も低い・・・・誰??

しかし台風ムーブは完全にマスターしている5号はなんの違和感もなく試合にとけこんでいた。最初はお約束通りに3体で公平に攻撃し合うもどう見ても5号が一方的にやられる展開に変わりそれに業を煮やした5号は遂に言葉を発する。

「お前ら!順番考えろ!コノヤロー!」。とマスクをとったその下の顔は・・・・なんと前日博多で試合をしていたドラディションの元・魔界5号の長井満也だった。筑前ルートで来てない選手の一人ではあったけど、これは意表をつかれた!

試合はオリジナル台風が長井と連携してUSAをガッチリと台風スピンで回し、見事3カウント!

試合後マイクをもった長井は「ドラディションの長井です!今日は九州プロレス5周年、筑前りょう太選手15周年おめでとうございます!今日は筑前選手との魔界倶楽部の絆で、
お祝いに駆けつけました!これからも長井満也、九州プロレス、筑前りょう太、ビッシビシ行くからなー!」と天国の総裁に向けてのビッシビシポーズ!しかしこの時筑前は会場にはいなかったのだが・・・・

第三試合:追い山タッグバトルⅠ~九州プロレスvs九州討伐団全面戦争~30分1本勝負

田中純二&×ウォーターマン日田丸(7分18秒 足踏み式体固め)※垂直落下式ブレーンバスター 相島勇人○&黒影

ここまでの二試合は回顧的なカードだったがここからは現在進行形の闘い。5周年ということもあって討伐団はフルメンバーで登場。かさにかかった相島は散々毒づいて意気揚々。

そして当然のように4対2の場外乱戦で試合はスタート。

討伐団はディアブロ、キシャーンの介入でなかなかペースを握らせない。まあ助けを呼ぼうにも手薄な九プロ勢にはやや荷が重いかなと思っていたら日田丸に、相島の強烈な垂直落下式ブレーンバスターが決まり足踏みで余裕の3カウント。

結構あっさり決まってしまった・・・・

第四試合:追い山タッグバトルⅡ~九州プロレスvs九州討伐団全面戦争~30分1本勝負

○めんたい☆キッド&がばいじいちゃん(2分24秒 反則)ディアブロ×&キシャーン

タッグ対抗戦第二戦は、注目のめんたい&じいちゃんが初タッグを結成。じいちゃんは、もし勝てば、年金でお客さん全員にレッドブルを2本づつ振る舞うと太っ腹な約束をめんたいにさせられてしまう。なんか最初からおかしな雲行き・・・

試合開始前からじじいはあの世行きだと公言していた討伐団はあっという間にめんたいへの集中攻撃~ディアブロのチェーン絞首刑へ移行。厳格なレフェリングのケニーもすかさず反則裁定。

ゴングが鳴らされても大暴れの討伐団へ純二&日田丸が勢いこんで救出にかけつける。怒りの日田丸が再試合をアピールし、急遽8人タッグへ。一旦「ノルマは果たした」と引き上げた討伐団もしぶしぶこれを受けて再試合スタート!

【※再試合8人タッグマッチ】
○めんたい☆キッド&がばいじいちゃん&田中純二&ウォーターマン日田丸(8分35秒 体固め)※めんたい☆スプラッシュ)ディアブロ&キシャーン×&相島勇人&黒影

総力戦となれば、より力を発揮する討伐団の勢いは止まらない。むしろ杖もってる時のじいちゃんは戦力にならないし・・・・配色濃厚な展開についにじいちゃんが動いた。

自ら杖を放り投げるとハイパーじいちゃんモードになって討伐団4人を相手どり大暴れ!投げる、蹴る、叩く、飛ぶ・・・・まあこれだけ長くじいちゃんが動いたのははじめてじゃないかな?果ては相島とラリアット合戦まで!キシャーンへはスワントーンボム!さらに場外へは、トペコンヒーロ!

ラストは、ふらふらのキシャーンへ、めんたいのめんたいスプラッシュが決まり見事3カウント!

試合後の相島は茫然。「おい!今何がおこった?」と聞き返すが時すでにおそし・・・

しかし懲りない討伐団は「俺たちはなワールドワイドなんだ。いいか、討伐団は4人からがスタートなんだよ!」と次回以降の増殖を予告して去っていった・・・・はたして次回以降討伐団は増えるのか?

メインイベント:九州プロレス選手権試合60分1本勝負

<王者>×阿蘇山(15分49秒片エビ固め)<挑戦者>玄海○
※玄界灘から

※阿蘇山、二度目の防衛戦に失敗。玄海が第3代王者に

この日より正式に九州プロレス所属となった秀吉。入場時、新リングネームは「玄海(げんかい)」と発表。当初「信玄」というニューマスクで登場するといううわさがあって、てっきりそうなのかと思っていたら入場ゲートに現れたのは秀吉!マスクはそのままでリングネームだけ変えるのかと思ったら、なんと入場時マスクに自ら手をかけた。誰かセコンドが手伝ってマスクとったら三沢タイガーみたいになったのになあと思ったけどその中身は・・・予想以上に精悍な顔立ちに険しい表情のひげ面の男!!!マスク姿以上に武将らしいいでたちに会場大興奮!!!!!!!!

いや、15年前の「彼」に間違いはなかったのだがあまりにも別人・・・というか素顔みて
別人というのも変だけど、あれは15年前の姿を知ってるものには最大級の衝撃だったと思う。とにかく15年の歳月で艱難辛苦を味わった彼は大きく成長していた。まさに待望の新スターが登場したのだ!!!!

その姿を見た瞬間、過去と未来が同時に交錯していたといってもいいかもしれない。ここで会場が「おかえりなさい」で迎えていたらもうそこで玄海はお客との勝負に負けていた。

15年前ものにすらならないと思っていた好青年が武将になって凱旋!これほどのインパクトがあろうとは!

しかし見た目だけ変わっていて中身が同じならやはり百戦練磨の阿蘇山優位は動かない。玄海にも歴史があるように、阿蘇山にも歴史がある。そして何より同年代人の代表として、
九州のピープルズチャンピオンとして彼にも人一倍の思い入れがあるのだ。

だが試合は15年ぶりの師弟の再会マッチなんて生易しいものではなかった。気合い十分の玄海は、力と力、真っ向勝負で挑むも阿蘇山の年齢を超越したパワーに大苦戦を強いられる。

なんとか流れを変えたい玄海はラリアットで阿蘇山を場外へ吹き飛ばし、強烈すぎるトペからリングに戻って強烈ペディグリーを脳天から突き落とす。肩を負傷している阿蘇山の動きを止めて、かつマグマドライバーを出させない策としては実に考え抜いた先手策!そして、こだわりの博多一本絞め(刀狩り)で負傷してない側も攻めたてる。

一発くらっても危ないマグマドライバー封じには効果的な攻めだったと思う。なんとか逃れた阿蘇山は、重量級ミサイルキック、マグマドライバー、万トーンのフルコースを畳みかけるが前半負ったダメージがぬぐえない感じ。ここですでに試合は15分!

とどめのフライングボディプレスではコーナーポストでバランスを崩すなど明らかにダメージを負っている。チャンスと見るや玄海は、阿蘇山の側頭部へ強烈な蹴り。そして新必殺技・玄界灘を見事に決め完全勝利!

大会前に見慣れていた風景は玄海の勝利でまったく新しい世界が開けたのだ。これはすごい!まさに超新星の誕生である!試合後「このベルトが欲しくて、一年前の最強九州男児のトーナメントに出場しました!今こうして、俺のデビュー戦の相手を務めてくれた阿蘇山先輩からこのベルトを勝ち取ることができました!今日は記念すべき5周年ということで、この5周年、これから!筑前りょう太の時代ではなく!阿蘇山の時代でもなく」とここでめんたいがストップをかけた。

「九州プロレス5年間引っ張ってきたのは、阿蘇山であって、筑前りょう太なんです!僕は悔しくてしょうがない!あなたにそのベルトがふさわしいかどうか、僕に挑戦させてくれないですか?この5年間の意地であなたにぶつかっていきます!」

そう大会前からやたら15年という数字が踊っていたのだがそもそもは九プロの5周年大会。確かに玄海はあたらしい風景を描ききった。しかしその未来は確固たるものではない。ましてや玄海は一度九州を去った身、残っためんたいにしてみればこれは当然の主張だろう。

「筑前りょう太、阿蘇山ではなく、今日から九州プロレスは、この俺!玄海が引っ張っていきます!」と高らかに宣言した王者はこの挑戦を受諾。玄海流に握りこぶしを天に突き上げ、「九州ば元気にするバイ!」と大会をしめた玄海は会場から大歓声で支持された。

試合後パンフにサインがほしくて秀吉のページを出してお願いしたら「すいません。今はもう秀吉ではないんで。色紙だったらサインしますけど。申し訳ありません。」
と断られた。

そうか!頭では別人とおもっていてもどっかで同一人物という曖昧な扱いをしていたのかもしれない。考えてみれば玄海として新しい門出をきった選手に失礼なことをしたなとおおいに反省した。

と同時にその高いプロ意識に感服もした。今はファンも選手も一人何役もこなすのが当たり前みたいな感じがあって、そこらへんをなあなあにしてしまっている。

結局、パンフの表紙にサインしてもらって写真を撮っていただいた。この覚悟を聞いた後だったからやっぱ15年前のことは失礼になるなと思って言わずに心の中でこそっと
「おめでとう!」といっておいた。

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プロレス観戦記についてブログの肝ブログ「sekapro」において、肝の一つに据えているカテゴリがプロレス観戦記です。そもそもは自分が観戦した大会の備忘録代わりにはじめました。スタートしたのは、1996年くらいからです...






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