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[プロレス観戦記復刻版] 無我「ランカシャーレスリング・トーナメント3」開幕戦:博多スターレーン大会(1997年7月22日)

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無我「ランカシャーレスリング・トーナメント3」開幕戦:博多スターレーン大会(1997年7月22日・(火)博多スターレーン:観衆:1875人)

イントロダクション

なんと3年ぶりの博多スターレーンに至っては3年半ぶり。

そもそもは狭いこの会場に人を詰め込みすぎ、それが故に人によってしまったこと。昔と違い試合を楽しむというのではなく単に馬鹿騒ぎをするお客さん達が増えてしまったこと。西の聖地という驕りが見えてきたこと、などなど遠ざかった理由はいくつかあった。

ではにもかかわらず、なおかつ体の調子も思わしくないこの時期に、なぜ博多くんだりまでやってきたのか?

実は以前博多に無我が来た時、それを蹴って スーパーJカップ2(両国国技館)を観に行ったことがあった。

すでにその時は腰の調子も悪かったのだが、その時はここまで大事になるとは思っていなかった。

いかに心は無我にありと私がいったところで、説得力がない。
そのことはずっと心の中に引っかかっていた。

それだけに満を持しての参加となった。

ところが何の因果かバイト先のクーラーの故障に伴い、酷暑の中仕事をするハメになってしまい、しかも仕事が終わったその足で会場に直行したため、ヘロヘロの体調で観戦するはめに。

しかしながら内容はその疲れを吹き飛ばす内容でもあった。

オープニング

オープニングは無我の成り立ちを見せる映像が流された。そして全選手入場式。

この日参加していたレッスル夢ファクトリーの選手たちに、野太い声援が。声のする方を見ると、背中に夢と書かれた T シャツを着た人ともう一人。それは知り合いだったが、他人のふりをした(笑)

さて挨拶も終わり、恒例の練習風景。基本的な練習からちょっと独特な動きまで、特に受け身とかプッシュアップとかよりもコンディション作りに重きを置いてある練習には強く興味を惹かれるものがあった。

51歳のブテネン選手は練習中も、入場式からも、いい味を出していたが、この練習の解説をする藤波さんがやたらと「51歳」を強調するのが妙におかしかった。

リング上の風景で巻き投げを見せていたのだが、休憩中小さい子達がそれを真似していた。ちょっと薄暗がりでよく見えなかったのだが、プロレスと言うにはあまりにも微笑ましい光景だった。

もしかしたら藤波さんのお子さんたちだったのかもしれない。

第一試合:トーナメント一回戦・20分一本勝負

○シェーン・リグビー(11分57秒・フィッシャーマンズ・スープレックス・ホールド)●ジョン・パトリック

とにかくめまぐるしく動く両者。注目すべきはお互いが関節の取り合いではなく、あくまでフォール狙いで動いていること。このため終始動きが新鮮で面白い。

ただし、勝つためには別の手段を持っているものがやはり有利。

終始一貫してフォール寝れる寝れしか手のないパトリックに対して、要所要所で関節技を仕掛けていくリグビーの方が一枚上手であることは、見ていてもはっきり分かった。

結果は終盤まで投げ技を温存していたリグビーが、多少形はいびつではあったが、フィッシャーマンでピンフォール勝ち。積み重ねたダメージの大きさを物語るフィニッシュだったと思う。

きちんとした積み重ねがあっての勝利こそが、レスリングなのだというところを見せてくれた一戦だった。

第二試合:トーナメント一回戦・20分一本勝負

○アレクサンダー大塚(9分5秒 三角締め)●竹村豪氏(竹村豪氏デビュー戦)

どちらかと言うと、竹村はいいように大塚にしてやられたな、という感は否めなかった。

これがデビュー戦と聞けばそれもやむを得ない話かもしれない。確かに気迫はあったし、ボールを取りに行こうという姿勢はいいものがあった。

ただし実戦経験が足らない分、竹村はスタミナ配分ができていない。

後半明らかにバテバテになっていたのは見るように見るからに明らかだった。これは竹村に限らず他の無我選手にも共通した傾向ではあった。

一方の大塚は余裕の勝利といったところか。とは言っても相手を見下さず、ここで何かを学んで持って帰ろうという貪欲な姿勢が、戦いの中からも見て取れたのは、好感が持てた。

第三試合:トーナメント一回戦・20分一本勝負

○ダレン・マロニス(9分10秒 STF)●フィンリー・ブテネン

実にいい味を出していたブテネン選手。手を振り実ににこやか。それでいて相手の気をそらすかのような間の取り方は、さすがに百戦錬磨と言うべきか。

ちょっとした隙ができると、すかさず会場に拍手を求めるなど、ブテネンはなかなかのショーマン振りだった。もちろん実力の方もそれに違わぬものはあった。

会場の雰囲気も実に昔のスターレーンのような乗りすぎず、騒ぎすぎず、のいいムード。この感覚が欲しかったんだ。

さて試合の方は若さとパワーで押しまくるマロニスには勢いだけではなく確かな技術を持っていた。こうなるとスタミナに難のある51歳のブテネン選手は苦しくなる。

投げ技で蓄積されたダメージのせいで、フィニッシュとなった マロニスのSTF を跳ね返すだけの力は残っていなかった。

ところでイギリス勢では唯一プロレス用の編み上げシューズを履いていたブテネン選手。ひょっとしたらイギリスのどこかの団体に参戦経験があったのかもしれない。

第四試合:トーナメント一回戦・20分一本勝負

○福田雅一(8分3秒 レッグスプレット)●正田和彦

この日のベストバウト。入場するなりきていた夢 T シャツを会場に向けて掲げる福田。

見ていた時は「無我のリングで対抗戦の雰囲気を作られても」という思いがあったが、今にして思えこ起こしてみると、例のレッスル夢ファクトリー応援団のいるコーナーにのみ向けていたので、多分自分を応援してくれる人達へのお礼の意味だったのかもしれない。

対する正田も気合入りまくり。ラマヒストラルを仕掛けていったり、積極果敢にタックルを取りに行く姿勢は見事。

それを上手に崩していた福田も見事だったが、欲を言えば身長差を生かして上から潰す攻撃も見てみたかった。

やはりプロとしてキャリアに勝る福田が試、合を引っ張っていく形になったが、トーナメントの勝敗以上にプロとして何かを学び取ることが重要かなと思った。

それは両者ともよくわかっていたようで、最後まで見せた大技は福田の水車落としのみ。

いや本大会を通して、大技は一試合に一つあるかないかぐらいだった。最後も無我のリングでは必殺技として認知され始めている レッグ・スプレット
( 股裂き)で福田がギブアップを奪い勝利。

福田はこの試合で名を挙げ、無我のファンにも名前を覚えてもらえたと思う。正田はプロの壁の厚さを体験したことで、自分の足りない部分を学ぶことができたと思う。

お互いに戦うことで意義を見いだせる。それが無我のリングだと思う。

張り手でエールを送り合う両者。いい意味で二人がライバル関係になって伸びていってくれると嬉しい。

第五試合:45分一本勝負

○仲野信市(6分25秒 腕ひしぎ逆十字固め)●倉島信行

このカードは当初と対戦カード対戦相手が変わったのだが、一部からは意味のない変更という声も聞かれた。

だが果たしてそうだっただろうか?先述した通り戦うことで両者、意義を見出すのがこのリングでの真の目的のはず。

確かに仲野には団体の長として結果も求められているから、そんな悠長なことを言ってられない事情も理解できる。

しかしこの大会の鍵は全試合終了後の藤波さんの挨拶に全てがあったように思う。「無我の選手がプロの選手の胸を借りた」。

このような発言は少なくともメジャーとしての下手なプライドが邪魔していたら、とてもじゃないができる発言ではない。

少なくともこの発言で藤波さんにインディーだからと見下した気持ちがないことは明らか。

だから決してインディーの選手を見下した対戦カードではないし、胸を貸してもらった返礼に翌日のカードで藤波対仲野が組まれていた事実を考えると、決して軽んじたものでないことが分かるのではないかと思う。

さて前置きが長くなってしまったが、試合は文字通りの中の教室といった感じ。おそらくレッスル夢ファクトリーの道場でもこのような光景が毎日行われているのだろう。

それを想像するに難くない、基本に忠実な闘いだった。倉島はこの抜擢を生かしきれなかったが、次に繋がるものは見せてくれたように思う。

第六試合:60分一本勝負

○藤波辰爾(6分11秒 腕ひしぎ逆十字固め)●石川雄規

東京ドームで石川孝志と戦い、スターレーンで石川雄規と戦った藤波さん。それはともかくとして、入場式から石川の表情は、嬉しくて仕方ない様子。

それはメインでリングインしてきた時に、ピークに達していた。仲野がそうであったように、団体の長が普段見せることのない憧れに満ちた表情を浮かべていると、見ているこちらも嬉しくなってしまう。

しかし例えば広島で猪木さんと戦った時のような、自分を見てくれない憧れの人を振り向かせようとする、「情念」みたいなものは、残念ながらこの試合からは感じられなかった。

すでにそんな思いをしなくても、憧れの人は目の前にいるわけだし、情念自体が無駄に似合わない概念だと思うから仕方ないと言えばそれまでだけど。

ただ、ちょっと石川らしくない感じはした。

石川の狙いは膝十字。しかし少々それに固執し過ぎたせいか?スタンドでバチバチとやってもそれっぽさが感じられない。

一方の藤波さんはそんな石川の動きが全て見えているかのように、実に落ち着いた試合運び。流れに身を任せつつも要所をきちんと閉めていく。

最後の最後で腕十字狙いに行った藤波さん。必死でロックする石川。見応えのある攻防を破ったのは、パチンという激しい音。

ロックしていた石川の手を、藤波さんがかかとで蹴り上げて、石川の腕を切ってそのままフィニッシュ。

エンディング

試合後は恒例の全選手による記念撮影。非常に心地よい雰囲気のエンディングだった。

さて今回のパンフレットには藤波さんが、自らの闘病生活を触れていた自分があった。

そこにはいわゆる治療過多でかえって体をおかしくしてしまったこと。結果として時間はかかるものの、自然治療が一番であったこと。長い闘病生活については宗教にまで救いを求めたこと、などが書かれていた。

同じ病気と闘う者として涙が出そうになった。だからこそ無我の成功事は成功は他人ごとではない。そしてその思い出を無我は裏切るところか素晴らしい形にして返してくれた。

後記

こんなに感染後清々しい気分になったのは一体いつ以来だろう?

いっそここで観戦を終わらせていれば、こんな思いはしなくて済んだのになと思うのだけど。

もう一つ以下のことについても触れておかなければならない。正直言って、博多スターレーンへ足が遠ざかっていた理由というのは、冒頭で述べた通りだけども、やかつてのいい雰囲気だった頃のスターレーンなど望むべくもないのかな。

そんな諦めにも似た気持ちさえあった私に、無我は原点のスターレーンの雰囲気を提供してくれた。それは無我がレスリングだけではない会場の雰囲気をも原点に帰らせる場であったからかもしれない。

正直二度と足を向けることのないと思っていた会場だっただけに感慨もひとしおだった。

さて終わってみれば心の方は清々しさでいっぱいであったものの、体は前の前に言った通りヘロヘロ。

3年ぶりの博多の友人達との再会もそこそこに帰らなければならなかったのは残念だったけれど、またいつか体が本調子になって社会復帰が出来た暁には晴れてまたこの会場に訪れようと思う。

いかに遠ざかろうと私の心に無我がある限りは・・・






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