プロレス的発想の転換のすすめ(112)心の境界線とプロレス
心の境界線
今回は心の境界線とプロレスのお話です。
「自分以外の外界」とを区別する「心の境界線」ができていると、「踏み込まない」「踏み込まれない」人間関係が築けて、精神状態は安定します。
苦しい気持ち
しかし、境界線があいまいだったりぼやけたりしていると、大きなストレスをまともに受けてしまい、苦しい気持ちに苛まれることになります。
プロレスファンを長くやっていると、プロレスラーとの付き合いというものも自然に発生してきます。
大変重要
最近はレスラーとファンの距離を敢えて近くする団体も多くあります。
ここで、心の中の境界線を考えることは大変重要です。
客観的に考えてみる
そのときの感情がどうであるかを感じることや、自分と相手との関係を客観的に考えてみること。
そして、自分と相手との関係を客観的に考えてみることで、自分の中の問題解決に向けて動き出す事ができるからです。
自分なりのルール
「相手に良く思われたい」と思うより、「そこに心を砕くことで、大切なものを犠牲にしていないだろうか」と振り返り、自分なりのルールを設ける姿勢が自身の心を大切にすることにもなっていきます。
私も初期の頃は確かにレスラーと繋がれるということで、すごくテンションがあがったことも覚えています。
自制したかった
しかし、レスラーになろうというぐらいの人って、基本的に「面倒臭い」ということに後々気が付いてくると、だんだん距離を置くようになっていきました。
あと、選手に言われるがまま、グッズ等を買い続けていると、自宅がとんでもない事になりますし、そこは自制したかったのです。
なるべくひっそりと
今でもどちらかと言うと、選手から自分を覚えてもらえないように、なるべくひっそりと息を潜めております。
それでも観戦記などを書いていると、どうしても目立ってしまうものだから、選手から見つかってしまうこともあるわけです。
ファンとしては、かえって
それを羨ましがられるというのは正直不本位ではあるのです。
確かに選手と繋がれるというのは特典かもしれませんが、繋がることで裏側をたくさん見すぎてしまうと、プロレスファンとしては、かえって楽しめなくなってしまうのです。
相手の尊重にも
自分としてはなるべく選手関係者とは距離を置きたいな、と今は考えています。
心の境界線は、「ここまで」と具体的に決めておくことが自分を守り、相手の尊重にもなっていきます。
過度な犠牲の上に成り立つ関係性は、決して健全とはいえないと私は思うのです。